『なぜ人は締め切りを守れないのか』という本を読み始めました。
タイトルを見たときは、もっとライトな内容を想像していました。なぜ締め切り直前まで手を付けないのか。どうすれば間に合うようになるのか。そんな面白い答えが書かれているのではないかと思ったわけです。
ところが、冒頭から時間そのものについて哲学的に考える本でした。
著者は美学者の難波優輝さん。2025年に堀之内出版から刊行された本です。読み始めて、僕の中に浮かんできたことを書いておきます。
締め切りの時間と、生きている時間
本の冒頭では、僕たちが締め切りを守れないのは、単に怠けているからでも、意志が弱いからでもないと考えます。
仕事の納期や提出期限は、日付と時刻で決められています。一方、人が実際に生きている時間は、そんなに一定ではありません。子どもや家族の世話が入る。体調を崩す。ペットに呼ばれる。楽しい時間は短く、つらい時間は長く感じます。
外から決められた締め切りの時間と、伸びたり縮んだり、途中で切れたりする生きている時間。その二つがずれるから、締め切りに間に合わないことが起きる、という考え方です。
なるほどと思いました。時計は同じ速さで進みますが、人間は同じ速さでは動けません。予定を立てたときの自分と、その日に実際に生きている自分も違います。
時間を完璧に守れる人はいない
時間や締め切りをいつも完璧に守れる人は、たぶんいないでしょう。
きちんとしているように見える人でも、予定より仕事に時間がかかったり、電車が遅れたり、急に体調を崩したりします。人との約束には間に合っていても、自分で決めた予定は何度も先送りしているかもしれません。
それでも僕たちは、締め切りを守れなかった人を簡単に「だらしない」と評価してしまいます。もちろん、他人に迷惑をかける締め切りは守らなければいけません。ただ、すべてを本人の意志の弱さだけで片付けるのも、ちょっと違うようです。
締め切りがあるから人生は楽しいのではないか
ここまで読んで、僕は少し別のことを考えました。
締め切りがあるから、人生は楽しいのではないか。
締め切りは苦しいものですが、何も終わりがなければ始める理由もなくなります。いつでもできることは、いつまでもやらない。旅行の日が決まるから予定を立てます。誰かと会う時間が決まるから家を出ます。本も、返却日や次に読みたい本があるから先へ進むことがあります。
締め切りは僕たちを追い立てますが、同時に生活へ区切りを作っています。その区切りがあるから、終わったあとの開放感もあります。間に合わせたときのうれしさもあります。
締め切りが一つもない人生は、自由で楽しそうです。でも本当に何も決まっていなければ、今日と明日の違いも薄くなってしまうのかもしれません。
ご飯を食べることにも締め切りがある
生きていくうえで、締め切りという概念をなくすことはできるのでしょうか。
たとえば、ご飯を食べる。これにも小さな締め切りがあります。
ご飯を炊くには時間がかかります。何時に食べたいかを考えれば、何時までに炊飯器のスイッチを入れるかが決まります。外食なら店の開店時間と閉店時間があります。コンビニへ行くだけでも、歩いて何分、戻るまで何分と考えます。
空腹にも限界があります。食べ物には賞味期限や消費期限があります。睡眠にも、薬を飲むことにも、電車に乗ることにも時間があります。
こうして考えると、締め切りは仕事だけのものではありません。生きることそのものが、小さな締め切りの連続なんですね。
破っていい締め切りと、破ってはいけない締め切り
ただし、締め切りは全部同じではないと思います。
今日中に本を何ページ読む。部屋を片付ける。散歩へ行く。こうした自分だけの締め切りは、破っても大きな問題にはなりません。疲れているなら明日に延ばしてもいいでしょう。
一方、公共料金の支払い、仕事で約束した納期、人と会う時間などは、破ると相手の生活や予定に影響します。命や安全に関係する時間なら、なおさらです。
破っていい締め切りまで絶対に守ろうとすると、自分の生きている時間を削ってしまいます。反対に、破ってはいけない締め切りを軽く扱えば、誰かの時間を奪います。
大事なのは、締め切りを全部守れる人になることではなく、どの締め切りを守らなければならないのかを見分けることなのかもしれません。
プレッシャーは生きているから感じる
破ってはいけない締め切りが近づくと、プレッシャーがかかります。まだ先だと思っていても、ふとした瞬間に思い出して気持ちが重くなる。これはよく分かります。
でも、そのプレッシャーは生きているから感じるものでもあります。
間に合わせたい。迷惑をかけたくない。終わらせたい。その先へ進みたい。そう思うから苦しくなるのでしょう。
この本は最後に、誰も避けられない締め切りである「死」まで考えていくようです。そこまで行くと、締め切りの話は時間管理ではなく、生き方の話になります。
人生に終わりがあるから、やってみたいことが生まれます。いつまでも時間があるわけではないと分かっているから、会いたい人に会い、行きたい場所へ行こうと思います。
守れないときがあってもいい
締め切りと生きることがつながっているのなら、締め切りを守れないときがあるのも当然ではないでしょうか。
人間は時計ではありません。疲れます。迷います。誰かのために予定を変えることもあります。予想していなかったことも起きます。
だからといって、締め切りを守らなくてよいという話ではありません。守るべきものには間に合うように努力する。ただ、守れなかったときに、すべてを意志の弱さのせいにしない。何が自分の時間を寸断したのか、そもそも無理な締め切りではなかったかを考えてもいいと思います。
タイトルから想像していた軽い答えとは違いましたが、締め切りから人生の終わりまで考えてしまいました。
僕はやはり、締め切りがあるから人生は楽しいと思います。全部を完璧に守れないことも含めて、生きているということなのかもしれません。
書籍情報
難波優輝『なぜ人は締め切りを守れないのか』、堀之内出版、2025年。ISBN 978-4-911288-20-7。


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