1. 導入:日常に忍び寄る「異例の政治決断」
高市政権による「1月解散」のニュースが永田町を駆け巡っています。内閣支持率が6割から8割という高い水準にある中で、「なぜ今なのか?」と首をかしげる方も多いのではないでしょうか。政治の世界において、支持率が高い時期に選挙を打つのは定石ですが、今回の決断はそれ以上に、私たちの生活の土台を揺るがす深刻なリスクを孕んでいます。
例えるなら、冬休みが明ける直前、山積みの宿題をすべて放置したまま遊びに出かけてしまう子供のようなものです。「予算編成」という、国民に対する最大の責務を後回しにし、自分たちの有利なタイミングで議席を固めに行く。この表舞台のニュースでは語られない「政治空白」が、私たちの日常にどのような影を落とすのか。政治経済アナリストの視点から、その裏側にある代償を解き明かしていきます。
2. 異例の「1月解散」が示す、民主主義の空洞化
通常、1月から3月にかけての国会は、次年度の予算を審議する最も重要な期間です。戦後、本予算が成立する前の1月に解散した例は、1955年以降でわずか2例(1966年、1990年)しかありません。歴代の首相がこの時期を極力避けてきたのは、予算の成立こそが「納税者である国民への約束」であり、民主主義国家における最低限のルールだと認識していたからです。
税金の使い道を決めず、議論も尽くさないままに「国民の審判を仰ぐ」という姿勢は、一見すると民主的に見えますが、その実態は統治の放棄に他なりません。本来、国会は「国民の暮らしをどう守るか」を議論する場であるはずですが、それが単なる「議席獲得のゲーム盤」へと変質している現状に、私たちは強い危機感を抱くべきです。
3. 11年ぶりの「暫定予算」:停止する行政と届かぬ政策
今回の解散が強行されれば、予算審議はストップし、年度内の予算成立は絶望的になります。その結果、2014年以来、11年ぶりとなる「暫定予算」の編成が避けられなくなります。
暫定予算とは、あくまで正式な予算が成立するまでの「応急処置」です。最大の問題は、この期間中は「新規の政策」が原則として実施できないという点にあります。物価高対策の拡充、子育て支援の強化、雇用改革——これら現在進行形で求められている新しい施策が、すべて棚上げにされるのです。
「国家の運営に支障をきたすリスクをおかしてまですべき解散ってどう考えてもおかしい」
専門家や心ある市民の間で囁かれ始めているこの懸念は、決して大げさなものではありません。行政機能の停滞は、単なる手続きの遅れではなく、支援を必要としている人々への「政治の不在」を意味するのです。
4. 一度の選挙で消費される「729億円」:膨れ上がる民主主義のコスト
選挙には膨大な税金が投じられます。直近の2024年衆議院選挙にかかった費用は約729億円。過去の平均である600億円規模を上回り、物価高や運営規模の拡大に伴ってそのコストは増大し続けています。
一方で、野党側では立憲民主党と公明党による「新党結成」の動きが出るなど、政界再編の荒波が押し寄せています。こうした野党の足並みが揃う前に、あるいは自らの失態が露呈する前に選挙を済ませてしまおうという「逃げ」の姿勢のために、729億円もの血税が投じられることの是非を、私たちは考えなければなりません。物価高で日々の買い物に苦慮する国民の目線から見れば、この巨額の支出が「政権維持のための広告費」に使われているように映っても不思議ではないでしょう。
5. 受験生と自治体の現場を置き去りにする「権力者のカレンダー」
政治のスケジュールは、常に「国民の日常」の外側で決められます。1月という時期は、受験生にとっては人生を左右する勝負の時であり、積雪地帯では厳しい寒さと雪害との戦いが続く季節です。そんな中、街宣カーが騒音を振りまき、選挙運営にリソースが割かれることが、果たして「国民に寄り添う政治」の姿でしょうか。
さらに深刻なのは、地方自治体の現場です。1月は自治体にとっても来年度予算を確定させる最繁忙期。そこに国政選挙という突発的な巨大業務を押し付けることは、現場の公務員や地域コミュニティに過大な負荷を強いることになります。高市政権の視線は、こうした現場の悲鳴や受験生の不安ではなく、永田町の論理と自分たちの「勝ち馬」としての数字にしか向いていないように見えます。
6. 「数字」の熱狂に隠された、未解決の課題と私たちの未来
高い内閣支持率という「数字」は、時に本質を目隠しします。しかし、その裏側には、いまだ解決の糸口が見えない課題が山積しています。
旧統一教会との癒着問題への追及や、社会保険料の負担を不当に免れる「国保逃れ」問題といった、政治の公平性を問う議論はどこへ行ったのでしょうか。特に「国保逃れ」のような、制度の穴を突いた不誠実な実態に対する説明責任を果たさぬまま、選挙で「禊(みそぎ)」を済ませようとする姿勢は、法治国家として看過できません。
野党の合流による新党結成という脅威から逃れ、予算審議での厳しい追及を回避するための「逃げの解散」。その代償として支払われるのは、729億円の税金と、停滞する行政、そして私たちの未来です。
最後にお尋ねします。この選挙が終わった後、私たちの生活は本当に良くなっているでしょうか? それとも、私たちは729億円を払って「政治空白」という名の停滞を買い取らされるだけなのでしょうか。その答えを出すのは、他でもない私たち有権者の眼差しです。
【図解】
















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