OpenAIの出資先企業(ポートフォリオ)
OpenAIは2021年にOpenAI Startup Fundという独自のベンチャー投資ファンドを設立し、他社の早期AI企業への出資を開始しました。このファンドは「AI企業が世界にもたらす大きな良い影響を加速する」ことを使命とし、初期から中期(プリシード~シリーズB以降)のAIスタートアップに対して投資を行っています。ファンドのリーダーはOpenAI副社長のBrad Lightcap氏で、専任チームが投資判断を行っています。
OpenAI Startup Fundは2021年に約1.75億ドルを調達し、その後も複数のSPV(特殊目的事業体)を通じて合計1.14億ドル程度を追加調達しています。ファンドの出資先はAIに関連する多様な分野にわたり、特に医療・法務・教育・エネルギー・科学など、変革的産業でAIを活用する企業が中心です。OpenAIは自身の資金ではなく、外部投資家から調達したファンドで出資する点も特徴で、MicrosoftをはじめとするOpenAIの主要パートナーも出資者に名を連ねています。
主要な出資先企業とその概要
OpenAI Startup Fundが投資している代表的な企業を、出資時期や出資額、現在の状況を交えて以下にまとめます。
- Anysphere(カーソル) – ソフトウェア開発支援AIツール「Cursor」を開発する企業。2023年10月にOpenAI Startup Fundが主導してシードラウンド800万ドルを調達しました。その後、2024年にシリーズAラウンド6,000万ドルを調達(評価額約4億ドル)し、2024年末にはシリーズBラウンド1.05億ドルを追加調達しています。Anysphereはプログラマーの効率化を図るAIコーディングアシスタントを開発しており、OpenAIのGPT技術を活用したコード生成・補完機能を備えています。Cursorは既に数百万ユーザーを獲得し、OpenAIの支援により急速に成長しています。
- Ambience Healthcare – 医療記録の自動化を支援するAIプラットフォーム企業。2024年2月にOpenAI Startup Fundが共同主導してシリーズBラウンド7,000万ドルを調達しました。2025年7月にはシリーズCラウンド2.43億ドルを調達し、評価額は10億ドルを超えました。Ambienceは医師の診察会話をリアルタイムで文字起こし・要約し、診療記録を自動生成するAI医療スクライバーを提供しており、Microsoft傘下のNuanceやSuki、Abridgeなどと競合する分野です。OpenAIのGPT技術を活用し、医療文書の作成時間を大幅短縮することを目指しています。
- Descript – 音声・動画編集を容易にするクラウドソフトウェア企業。2022年11月にOpenAI Startup Fundが主導してシリーズCラウンド5,000万ドルを調達しました。Descriptは動画・音声ファイルをテキストとして扱い、編集・要約・翻訳ができるアプリを提供しており、OpenAIのGPT-3.5やDALL-Eの技術を組み込んでいます。ChatGPT登場直後に大きな注目を集め、OpenAIとの協業によりブログ記事やSNS投稿への自動変換機能などAI機能を強化しています。
- Figure AI – ヒューマノイドロボットを開発する企業。2024年2月にOpenAI Startup Fundが投資家の一つとしてシリーズBラウンド6.75億ドルを調達しました。このラウンドでFigureは評価額26億ドルで資金調達し、MicrosoftやNVIDIA、ジェフ・ベゾス氏(Bezos Expeditions)などとも出資を受けました。Figureは人間のような動作をする汎用ロボットを開発しており、OpenAIとは次世代AIモデルの共同開発にも合意しています。具体的には、OpenAIの研究成果をFigureのロボットハードウェアと統合し、言語理解・推論能力をロボットに持たせることで、人間のような日常業務支援ロボットを実現するという戦略です。
- Harvey AI – 法律事務の自動化を支援するAI企業。2023年4月にOpenAI Startup Fundが主導してシリーズAラウンド2,100万ドルを調達しました。その後もOpenAIのファンドはHarveyのシリーズB、シリーズC、シリーズD(2025年1月調達、評価額30億ドル)に続投しており、合計で3億ドル規模の資金を調達しています。Harveyは法律文書のドラフト作成やメール対応、知識検索などをAIが支援するプラットフォームを提供しており、OpenAIのGPT-4を活用した自動ドキュメント生成機能が特徴です。ユーザー企業の事務効率化に寄与するとともに、OpenAIとの協業によりより高精度な法務支援を目指しています。
- Mem – AIによるメモ管理を支援するソフトウェア企業。2022年11月にOpenAI Startup Fundが主導してシリーズAラウンド2,350万ドルを調達しました。Memはユーザーの会話やノートを自動分類・整理し、AI検索によって必要な情報を瞬時に探せるツールを提供しています。OpenAIのGPT技術を活用し、ユーザーの対話履歴やメモから重要な情報を抽出したり、要約・提案を行う機能を備えています。
- Speak – AIによる言語学習を支援するアプリ企業。2022年11月にOpenAI Startup Fundが主導してシリーズBラウンド2,700万ドルを調達し、2022年12月にはシリーズCラウンド7,800万ドルを追加調達して評価額10億ドルに達しました。Speakは話し言葉での英語学習を支援するアプリで、ユーザーの発話をAIが分析してフィードバックを与えたり、会話を録音して即座に翻訳・要約する機能を提供しています。OpenAIのGPT-4やWhisperなどの技術を活用し、ユーザーが話し言葉で自然に英語を練習できる環境を作り出しています。
- その他の主要出資先: 上記以外にもOpenAI Startup Fundは多数のAIスタートアップに出資しています。例えば、Chai Discovery(AIを活用した医薬品開発支援)、Unify(営業プロセスの自動化)、Kick(会計業務の自動化)、1X Technologies(人型ロボット開発)、Physical Intelligence(ロボット用AI基盤ソフト)など、様々な分野の革新的企業を支援しています。PitchBookやCrunchbaseのデータによれば、OpenAI Startup Fundは十数社に上る企業に出資しており、特にヘルスケア・ロボティクス・エデュケーション分野での投資が多い傾向があります。
これら出資先企業のうち、一部はユニコーン(評価額10億ドル超)に成長しています。例えばAnysphereは評価額約10億ドル、Speakは評価額10億ドル、Harveyは30億ドル規模、Ambienceは10億ドル超に達しています。OpenAI Startup Fundの出資先企業のうち、ユニコーン化した企業は以下の通りです。

また、OpenAI Startup Fundの投資先はいくつかのM&;A(買収)にもつながっています。例えば、Ghost Autonomy(自動運転ソフトウェア)はOpenAIの出資後に他社に買収され、Worktrace AI(ビジネス分析AI)は売却されたケースもあります。OpenAIはこうした投資を通じて、AI技術を活用した新興企業を支援するとともに、将来的な協業やユーザー獲得のチャネルを広げていると考えられます。
OpenAIが投資を受けている企業(投資元)
OpenAI自体も数多くの投資家から資金調達を行っており、その中でも特に重要な投資元企業を以下に挙げます。OpenAIは創業当初から非営利団体と営利法人のハイブリッド構造を採用していますが、2023年には非営利OpenAI Inc.が営利子会社OpenAI Globalを制御する「キャップドプロフィット」構造を発表し、2024年末にはさらにデリバレート州の公共利益法人(PBC)への組織再編を検討しました。この再編により、非営利は独自の慈善プロジェクトを追求し、営利法人は一般企業として投資を受ける体制に移行します。OpenAIの資金調達にはこのような特殊な構造を踏まえ、多数の投資家が関与しています。
主要な投資元企業とその概要
- Microsoft(マイクロソフト) – 世界最大級のIT企業であるMicrosoftはOpenAI最大の投資家です。2019年7月にMicrosoftが10億ドルをOpenAIに出資し、Azureクラウド上でOpenAIのAI研究を支援するパートナーシップを結びました。この出資によりMicrosoftはOpenAIの技術をクラウドサービスに組み込み、OpenAIも大規模な計算資源を確保しました。その後もMicrosoftは2021年に2億ドル追加投資、2023年1月に10億ドル追加投資を行い、累計で約13億ドルをOpenAIに投入しています。OpenAIの最新の400億ドル規模の資金調達にもMicrosoftは参加しており、これによりMicrosoftはOpenAIの主要株主となっています。MicrosoftはOpenAIの技術を自社製品に組み込むことで競争優位を築く狙いがあり、OpenAIもMicrosoftのAzureインフラを活用して大規模AIモデルを運用しています。
- SoftBank Group(ソフトバンク) – 日本のグローバル投資企業であるソフトバンクもOpenAIの重要な投資家です。ソフトバンクの孫企業であるソフトバンク・グローバルベンチャーキャピタル(SBVC)は2019年にOpenAIの6億ドルシリーズDラウンドに参画しました。その後、2023年にはOpenAIのシリーズEラウンドに10億ドルを出資し、2025年3月の400億ドルシリーズFラウンドでは300億ドルを出資しています。この400億ドルの調達により、ソフトバンクはOpenAIの最大株主になり、OpenAIの評価額も3000億ドルに達しました。ソフトバンクはOpenAIに対して今後も追加投資を検討しており、OpenAIの将来的な成長を見込んだ大規模投資と言えます。また、ソフトバンクはOpenAIと共同で大型データセンター計画(Project Stargate)を進めており、計画投資額は5000億ドル規模にも及ぶとされています。これはOpenAIのAIインフラ強化に向けた計画で、ソフトバンクの資金力とITインフラネットワークを活用する狙いがあります。
- Thrive Capital(サイブ・キャピタル) – 米国のベンチャーキャピタルであるThrive CapitalもOpenAIの主要投資家です。Thriveは2023年10月のOpenAIシリーズEラウンドで10億ドルを出資し、OpenAIの評価額を1570億ドルに押し上げました。このラウンドでThriveは他の投資家にはない特典として、OpenAIが一定の収益目標を達成すれば2025年に追加10億ドル出資できる条件を得ています。また、2025年8月にはOpenAIの次の資金調達で10億ドル以上出資するとされ、OpenAIの大規模資金需要に応じて柔軟に対応しています。Thrive CapitalはOpenAIとの親密な関係を築いており、OpenAI Startup Fundの出資先企業の一つでもあるThrive AI Healthの創業にも関与しています。
- Dragoneer Investment Group(ドラゴニアー) – 米国の投資ファンドであるドラゴニアーは、OpenAIの最新の資金調達で主要なリード投資家となりました。2025年8月にOpenAIが行った資金調達では、ドラゴニアーが28億ドルを出資して最大出資家となりました。この調達はOpenAIの400億ドル規模の資金調達の一部であり、他にもBlackstone、TPG、T. Rowe Price、Fidelity、Founders Fund、Sequoia、Andreessen Horowitz(a16z)、Coatue、Altimeter、D1 Capital、Tiger Globalなど多数の著名投資家が参画しました。ドラゴニアーはOpenAIとの長年の関係を背景に、OpenAIの将来の成長に対する信頼を示す形で投資を行ったと考えられます。
- その他の投資家: 上記以外にも、OpenAIの資金調達には複数の著名な投資家が関与しています。例えば、Andreessen Horowitz(a16z)やSequoia CapitalはOpenAIのシリーズEラウンド(2023年4月)に各10億ドルずつ出資しました。Tiger Global Managementも同じラウンドで10億ドルを出資し、シリーズFラウンド(2025年3月)でも30億ドルを出資しています。Founders Fund(ピーター・ティール氏が率いるファンド)はOpenAIのシリーズEラウンドで10億ドルを出資し、シリーズFラウンドでも10億ドルを出資しました。Coatue ManagementやAltimeter CapitalもOpenAIのシリーズFラウンドに各10億ドルずつ出資しています。さらにBlackstoneやTPG、T. Rowe Price、Fidelity Investments、D1 Capital Partnersなど大手ファンドもシリーズFラウンドで出資しています。これらの投資家は、OpenAIの急成長を見据えた戦略的投資を行ったと考えられ、OpenAIの評価額を2025年には3000億ドル超に押し上げています。
OpenAIの評価額は、主要な資金調達ラウンドを経て飛躍的に高まっています。以下のグラフは、OpenAIの主要な資金調達ラウンドにおける評価額の推移を示しています。

OpenAIの評価額は、主要な資金調達ラウンドを経て飛躍的に高まっています。
さらに、OpenAIは金融機関からの融資も活用しています。2024年10月にはJPモルガン、シティグループ、ゴールドマン・サックス、モルガン・スタンレー、サンタンデル、ウェルズ・ファーゴ、三井住友銀行、UBS、HSBCなど世界的銀行20行から40億ドルの回転信用ラインを調達しています。これによりOpenAIは現金を追加確保し、大規模なAI研究開発投資や将来の成長機会に対応できるようになりました。
OpenAIの資金調達・出資戦略の特徴
以上のように、OpenAIは巨大な資金力を背景に、自身の技術開発に必要な資金を確保すると同時に、関連する新興企業を支援する戦略を取っています。その特徴を整理すると以下の通りです。
- 巨大な資金調達規模: OpenAIは2023年に約10億ドル、2024年10月に約66億ドル、2025年3月に約400億ドルという連続した大規模な資金調達を行いました。特に2025年3月の400億ドル調達は、世界の民間企業史上最大規模となり、OpenAIの評価額を3000億ドルにも押し上げました。このような巨額資金は、大規模AIモデルの開発や計算資源の拡充に充てられています。例えばOpenAIは、2025年に計画している5000億ドル規模のAIインフラ投資(Project Stargate)にも、この資金を一部充当する計画です。
OpenAIの主要な資金調達ラウンドの規模を比較すると、その投資家への恩恵が一目でわかります。以下のグラフは、OpenAIの主要な資金調達ラウンドにおける調達額と評価額の関係を示しています。

- 戦略的投資家との提携: OpenAIはMicrosoftやSoftBankといった戦略的パートナー企業からの投資を積極的に受け入れています。MicrosoftはAzureクラウド上でOpenAIの研究を支援し、OpenAIもMicrosoftのOffice製品やGitHubなどに自社のAI機能を組み込むことで相互に利益を得ています。SoftBankはOpenAIの将来性を見込んだ巨額投資を行い、OpenAIと共同でAIインフラを構築する計画を進めています。このような提携により、OpenAIは技術開発資金だけでなくインフラ基盤や市場展開の面でも強力なネットワークを得ています。
- 複数の資金調達ルート: OpenAIはVC投資だけでなく銀行融資や社員株式売却など多角的に資金を調達しています。前述の40億ドル信用ラインは、現金不足に陥らずに研究開発を継続できるためのリスク対策です。また、2025年10月にはOpenAI社員から約66億ドルの株式を売却し、OpenAIの評価額を5000億ドルに押し上げることも報じられています。このように外部投資家と社員の双方から資金を調達する柔軟性がある点もOpenAIの戦略です。
- 出資先企業との協業: OpenAI Startup Fundを通じて他社へ出資することで、OpenAIはAI技術の応用先企業との関係構築や将来的な協業機会を確保しています。例えばFigure AIとの提携では、OpenAIの次世代AIモデルをFigureのロボットに組み込むことで、ロボットの言語理解能力を飛躍的に高めることを目指しています。またAnysphereやDescriptなどの出資先は、OpenAIのAPIを活用して自社製品にOpenAIのAI機能を組み込むことで相乗効果を生み出しています。このようにOpenAIは、自社の技術を他社に広めることで市場拡大や競争優位強化につなげていると考えられます。
- 資金の使途と将来展望: OpenAIは巨額の資金を研究開発とインフラ投資に充てています。OpenAIの創業者であるサム・アルトマン氏は「OpenAIの資金はAI研究の最前線を押し進めるために使う」と述べており、GPT-4のような大規模モデルの開発や、将来の人工汎用知能(AGI)の実現に向けた研究に投資しています。またProject Stargateによるデータセンター計画も、計画投資額5000億ドルというスケールでAI計算インフラを強化する狙いがあります。これらの投資によりOpenAIは競合他社に対してインフラ面の先行優位を築き、より高性能なAIモデルを開発することができると期待されています。
以上のように、OpenAIは戦略的な投資を積極的に活用しつつ、自社の研究開発と新興企業支援の両面で大きな動きを見せています。その結果、OpenAIは短期間で評価額3000億ドルを超える巨額資本を獲得し、AI分野でのリーダーシップを確立しつつあります。今後もOpenAIがどのような出資・資金調達戦略を展開し、AI技術と産業の未来をどう変革していくのか、注目が集まっています。
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