序論:AI時代の覇者が描く投資戦略
1993年に設立されたNVIDIAは、当初ゲーミング向けのGPU(Graphics Processing Unit)で名を馳せましたが、現在では人工知能(AI)革命の震源地として、テクノロジー業界に君臨しています。2025年には世界で初めて時価総額4兆ドルを突破し、その影響力は計り知れません。
この驚異的な成長を背景に、NVIDIAは豊富なキャッシュフローを元手として、スタートアップへの投資活動を劇的に加速させています。その目的は、単なる財務的リターンだけではありません。「ゲームチェンジャーやマーケットメーカー」を支援することで、自社のGPUを中心とした巨大なAIエコシステムを構築し、将来の需要を創出するという壮大な戦略が根底にあります。
本レポートでは、2025年10月15日時点の公開情報に基づき、NVIDIAの多岐にわたる投資活動を「直接投資」「ベンチャーキャピタル部門(NVentures)」「戦略的企業買収(M&A)」「上場企業への投資」の4つの側面から包括的に分析し、その全貌を明らかにします。
第1章:NVIDIAの投資戦略と全体像
NVIDIAの投資戦略は、自社の技術的優位性を維持・拡大するためのエコシステム戦略そのものです。AI、データセンター、自動運転、ヘルスケア、さらには核融合といった未来のコンピューティング需要が見込まれるあらゆる分野に網を張り、有望な企業を初期段階から支援することで、NVIDIAプラットフォームの利用を促進し、市場全体を育成しています。
その活動ペースは近年著しく加速しています。PitchBookのデータによると、NVIDIA本体が関与したベンチャーキャピタル(VC)ディールは2024年の48件に対し、2025年は10月時点ですでに50件に達しています。さらに、2021年に設立されたVC部門「NVentures」も、2022年のわずか1件から2025年には21件へと投資件数を急増させており、全社的に投資活動が活発化していることが分かります。

第2章:主要なスタートアップへの直接投資
NVIDIAは、特にAI分野の革新的なスタートアップに対し、本体から直接、大規模な戦略投資を行っています。以下は、2023年以降にNVIDIAが参加した1億ドルを超える大型資金調達ラウンドの一部です。
10億ドル超の大型ラウンドに参加した企業群
NVIDIAは、AI業界の未来を形作る可能性のある企業に対し、巨額の資金を投じています。
- OpenAI: 2024年10月に初めて出資。さらに、AIインフラ構築のための最大1000億ドル規模の戦略的パートナーシップを発表し、関係を深めています。
- xAI: イーロン・マスク氏率いるAI企業。2024年12月の60億ドルラウンドに参加したほか、2025年10月にはシリーズCラウンドにも参加しています。
- Mistral AI: フランスを拠点とする大規模言語モデル(LLM)開発企業。複数回にわたり投資しており、2025年9月には評価額135億ドルとなる約20億ドルのシリーズCラウンドにも参加しました。
- Reflection AI: 2025年10月、NVIDIAが20億ドルの資金調達ラウンドを主導。評価額は80億ドルに達し、オープンソースLLM分野での競争激化を象徴しています。
- Wayve: 英国の自動運転技術スタートアップ。2024年5月の10.5億ドルラウンドに参加後、2025年9月にはさらに5億ドルの追加投資を計画していると報じられています。
- Figure AI: ヒューマノイドロボットを開発。2025年9月には評価額390億ドルとなる10億ドル超のシリーズCラウンドに参加しました。
数億ドル規模の注目投資先
その他にも、AIの応用分野や周辺技術を支える多様な企業に投資しています。
- Cohere: 企業向けLLMプロバイダー。2025年8月に完了した5億ドルのシリーズDラウンドを含む、複数のラウンドに参加しています。
- Commonwealth Fusion Systems: 核融合エネルギースタートアップ。2025年8月の8.63億ドルラウンドに参加し、未来のデータセンターの膨大な電力需要を見据えた動きと見られます。
- Lambda: AIモデルのトレーニング用クラウドプロバイダー。NVIDIA製GPUをレンタルするビジネスモデルで、2025年2月の4.8億ドルラウンドにNVIDIAも参加しています。
- Together AI: AIモデル構築のためのクラウドインフラを提供。2025年2月の3.05億ドルシリーズBラウンドに参加しました。
企業名 | 事業内容 | 投資時期(ラウンド) | ラウンド総額 | 特記事項 |
---|---|---|---|---|
OpenAI | 生成AI(ChatGPT)開発 | 2024年10月 | $66億 | 最大1000億ドルの戦略的パートナーシップを締結 |
xAI | 大規模言語モデル開発 | 2024年12月 (Series B) | $60億 | 2025年10月にもシリーズCで追加投資 |
Mistral AI | オープンソースLLM開発 | 2025年9月 (Series C) | 約$20億 | 複数回にわたり出資 |
Reflection AI | オープンソースLLM開発 | 2025年10月 | $20億 | NVIDIAがラウンドを主導 |
Wayve | 自動運転向けAIシステム | 2024年5月 (Series C) | $10.5億 | 5億ドルの追加投資を計画 |
Figure AI | ヒューマノイドロボット | 2025年9月 (Series C) | $10億超 | 評価額は390億ドルに |
Cohere | 企業向けLLM | 2025年8月 (Series D) | $5億 | エンタープライズAI市場での連携を強化 |
出典:TechCrunch, Tracxn の情報を基に作成。
第3章:ベンチャーキャピタル部門「NVentures」の活動
2021年に設立されたNVenturesは、NVIDIAの専門知識や広範なネットワークを活用し、よりアーリーステージの企業と長期的なパートナーシップを築くことを目的としています。 その投資活動は、特定のステージやセクターに偏らず、未来を形作る革新的な技術を持つ企業を幅広く対象としています。
Tracxnのデータによると、NVenturesの投資はシリーズAおよびBが中心ですが、シードステージにも積極的に関与しています。セクター別では、ハイテクやエンタープライズ向けアプリケーションが大部分を占める一方、ライフサイエンスやヘルステックといった、AIによる変革が期待される分野への投資も目立ちます。


注目の投資先企業
NVenturesのポートフォリオには、各分野で最先端を走る企業が名を連ねています。
企業名 | 事業内容 | セクター | 投資ステージ例 |
---|---|---|---|
PsiQuantum | フォトニック量子コンピュータ開発 | High Tech | Series E |
Synthesia | AIアバターによる動画生成プラットフォーム | High Tech | Series D |
Abridge Inc | AIによる医療文書作成プラットフォーム | HealthTech | Series E |
Hippocratic AI | ヘルスケア向け安全志向の生成AI | HealthTech | Series B |
Generate Biomedicines | 機械学習によるタンパク質治療薬開発 | Life Sciences | Series C |
Moon Surgical | 手術支援ロボットシステム | HealthTech | – |
第4章:戦略的企業買収(M&A)
NVIDIAは、投資だけでなく、戦略的な企業買収(M&;A)を通じて技術ポートフォリオを強化し、新たな市場へ参入してきました。特にデータセンターやAI関連ソフトウェアの分野で、重要な買収を次々と成功させています。
歴史的な大型買収
- Mellanox Technologies (2019年、約69億ドル): NVIDIA史上最大級の買収。高性能インターコネクト技術を持つMellanoxを獲得したことで、NVIDIAはデータセンター内でCPU、GPU、そしてネットワークを統合したソリューションを提供できるようになり、HPC(高性能コンピューティング)市場での地位を不動のものにしました。
- Arm Limited (2020年提案、400億ドル、失敗): 世界中のスマートフォンに採用されるCPU設計企業Armの買収は、規制当局の強い反対により2022年に断念されました。もし実現していれば、データセンターからエッジデバイスまで、コンピューティングのあらゆる領域を支配する巨大企業が誕生するところでした。
近年の主要な買収
近年は、AIワークロードを効率化するソフトウェア企業への買収が目立ちます。
企業名 | 買収年 | 買収額(推定含む) | 事業内容・買収目的 |
---|---|---|---|
Run:ai | 2024年 | 約$7億 | AIワークロード管理・GPUオーケストレーションソフトウェアの獲得 |
Deci | 2024年 | 約$3億 | AIモデルの最適化・高速化プラットフォームの強化 |
OmniML | 2023年 | 非公開 | エッジデバイス向けAIモデル軽量化技術の獲得 |
Excelero | 2022年 | 非公開 (約$3500万と報道) | ソフトウェア定義ストレージ(SDS)技術によるデータセンター強化 |
Bright Computing | 2022年 | 非公開 | HPCクラスタ管理ソフトウェアの獲得 |
Cumulus Networks | 2020年 | 非公開 | オープンなデータセンター向けネットワークOSの獲得 |
Mellanox Technologies | 2019年 (完了2020年) | $69億 | 高性能ネットワーク技術の獲得、データセンター事業の核に |
出典:Tracxn, CIO Influence, Calcalistech 等の報道を基に作成。
第5章:上場企業への投資(13Fファイリング)
NVIDIAは、米証券取引委員会(SEC)への13Fファイリングを通じて、保有する上場株式の状況を四半期ごとに報告しています。これは、同社の戦略的関係がスタートアップ投資後も継続していることを示す重要な指標です。
2025年第2四半期末時点のファイリングによると、NVIDIAの13F証券のポートフォリオ総額は約43.3億ドルに上ります。その構成は極めて特徴的で、特定の企業に集中しています。

- CoreWeave (CRWV): ポートフォリオの91.36%という圧倒的な割合を占めるのが、GPUクラウドプロバイダーのCoreWeaveです。NVIDIAは同社がスタートアップだった2023年4月に投資しており、上場後も主要株主として関係を維持しています。これは、自社GPUの最大の顧客となりうる企業を支援するエコシステム戦略の典型例です。
- Arm Holdings (ARM): 買収は断念したものの、ポートフォリオの4.11%を占めるArm株を保有し続けています。これは、Armのオープンなライセンスモデルを尊重しつつ、戦略的パートナーとしての関係を重視していることの表れです。
- Applied Digital (APLD): データセンターインフラ関連企業。ポートフォリオの1.79%を占めます。
- Nebius Group (NBIS): AIクラウドプラットフォーム企業。ポートフォリオの1.52%を占めます。
結論:エコシステム構築による未来への布石
本レポートで見てきたように、NVIDIAの投資活動は、単なる財務的リターンを目的としたものではなく、自社のコアビジネスであるGPUを中心とした巨大な「AIエコシステム」を構築するための、極めて戦略的な行為です。
「直接投資」によってAIの最先端を走る企業と強固な関係を築き、「NVentures」を通じて未来のイノベーションの種を育て、「戦略的買収」によって技術ポートフォリオの欠けたピースを埋め、そして「上場株投資」によって重要なパートナーとの関係を維持する。この多層的なアプローチにより、NVIDIAはAIのバリューチェーン全体(インフラ、プラットフォーム、アプリケーション)にわたって絶大な影響力を行使しています。
AI革命がさらに進展する中、NVIDIAの豊富な資金力と戦略的なビジョンを背景に、この投資活動は今後もさらに加速・拡大していくことは確実です。NVIDIAの投資ポートフォリオを注視することは、テクノロジー業界の未来の潮流を読み解く上で、不可欠な視点であり続けるでしょう。
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