1. なぜ手続きが必要なのか
確定拠出年金(DC)には「ポータビリティ」という持ち運びの仕組みがあり、転職や退職をしても積み立てた年金資産を移換できます。しかし、適切な手続きを怠ると大きな損失が発生します。
手続きを怠った場合のデメリット
退職後6ヶ月以内に手続きをしないと、資産が国民年金基金連合会へ「自動移換」され、以下の不利益が生じます。
- 運用の完全停止:資産が現金化され、運用益が一切発生しない
- 手数料の継続負担:毎月約52円の管理手数料が発生し続ける
- 加入者期間の不算入:老後給付の受給要件である加入者期間にカウントされず、受取開始年齢が遅れる可能性がある
- 給付金の受取不可:再移換しない限り、老齢給付金や障害給付金を受け取れない
重要:すべての手続きは資格喪失日(退職日の翌日)から6ヶ月以内に完了させる必要があります。
2. 転職・退職パターン別の手続き
転職先の状況に応じて、必要な手続きが異なります。
パターン①:転職先に企業型DCがある場合
選択肢1:企業型DCへ資産を移換する
手続きの流れ
- 転職先の企業型DC制度に加入申請
- 人事・総務担当者に「厚生年金基金・確定給付企業年金移換申出書」を提出
- 移換完了(通常1.5〜3ヶ月)
注意点
- 移換期間中は運用が停止される
- 転職先で新たに運用商品を選択する必要がある
選択肢2:iDeCoと企業型DCを併用する
併用の条件
- 転職先の企業型DC規約でiDeCoとの併用が認められていること
- マッチング拠出制度を利用していないこと(マッチング拠出とiDeCoは併用不可)
併用時の制限
- iDeCoの掛金上限額が引き下げられる(例:月2万円→1.2万円)
- 資産が企業型DCとiDeCoの2つの口座に分かれる
選択肢3:iDeCoのみを継続する
企業型DCに加入せず、iDeCoだけを継続する場合、以下の手続きが必要です。
- 運営管理機関に「加入者登録事業所変更届」を提出
- 転職先で「事業所登録申請書兼第2号加入者に係る事業主の証明書」に記入・捺印してもらう
パターン②:転職先に企業型DCがない場合
前職の企業型DCの資産をiDeCoへ移換します。
手続きの流れ
- iDeCoの運営管理機関(金融機関)を選択
- 「個人型年金加入申出書」「個人別管理資産移換依頼書」を請求
- 必要書類を記入して提出
必要書類
- 基礎年金番号(年金手帳等に記載)
- 「確定拠出年金の加入者資格喪失のお知らせ」
- 本人確認書類(運転免許証、住民票等)
- 勤務先情報(事業所登録申請書)
- 掛金引落口座情報
手数料:約2,829円(国民年金基金連合会が徴収)
パターン③:自営業・フリーランスになる場合
企業型DCには加入できないため、iDeCoへの移換が必須です。
- 被保険者種別が第2号から第1号へ変更
- 掛金上限額が変更(月2.3万円→6.8万円)
- 「加入者被保険者種別変更届」の提出が必要
パターン④:公務員になる場合
企業型DCには加入できないため、iDeCoへの移換が必須です。
- 被保険者種別は第2号のまま
- 掛金上限額は月1.2万円
- 「加入者被保険者種別変更届」の提出が必要
3. 被保険者種別と掛金上限額
転職により公的年金の被保険者種別が変わる場合、iDeCoの掛金上限額も変わります。
| 被保険者種別 | 該当者 | 掛金上限額(月額) |
|---|---|---|
| 第1号 | 自営業・フリーランス | 6.8万円 |
| 第2号 | 会社員(企業年金なし) | 2.3万円 |
| 第2号 | 会社員(企業型DCあり) | 2.0万円※ |
| 第2号 | 公務員 | 1.2万円 |
| 第3号 | 専業主婦・主夫 | 2.3万円 |
※企業型DCと併用する場合、iDeCoの上限は1.2万円に引き下げられることがあります(2025/11/7現在)
手続き:「加入者被保険者種別変更届」を運営管理機関に提出
4. 掛金額の変更手続き
転職後に掛金額を変更したい場合は、「加入者月別掛金額登録変更届」を運営管理機関に提出します。
変更のタイミング
- 年1回変更可能
- 併用開始時など、制度変更に伴う場合は随時変更可能
5. iDeCo掛金拠出を停止する場合
以下のケースでは、iDeCoへの掛金拠出を停止する必要があります。
- 転職先の企業型DCでiDeCoとの併用が認められていない
- 転職先でマッチング拠出制度を利用する
手続き:「加入者資格喪失届」を運営管理機関に提出
注意点
- 掛金拠出を停止しても、既存の資産は運用継続される
- 他制度への移換や現金化も可能
- 資格喪失日から6ヶ月以内に手続きが必要
6. 自動移換されてしまった場合の復旧方法
期限を過ぎて自動移換されても、復旧(再移換)は可能です。
iDeCoへ再移換する場合
- 希望するiDeCo受付金融機関から申込書類を取り寄せ
- 基礎年金番号、自動移換通知書等の必要書類を提出
- 金融機関が確認後、再移換手続き実施
企業型DCへ再移換する場合
転職先の企業型DC担当部署に「厚生年金基金・確定給付企業年金移換申出書」を提出
デメリット
- 再移換時にも追加の手数料が発生
- 自動移換中の期間は加入者期間に算入されない
7. 手続きのチェックリスト
退職時(全員必須)
- 退職日の確認(資格喪失日は退職日の翌日)
- 「確定拠出年金の加入者資格喪失のお知らせ」の受領
- 手続き期限の把握(資格喪失日から6ヶ月以内)
転職先が決まっている場合
- 転職先の企業年金制度の確認(企業型DCの有無)
- 併用可否の確認(規約を確認)
- マッチング拠出制度の有無確認
手続き実施時
- 運営管理機関への連絡
- 必要書類の請求・記入
- 転職先での事業主証明書の取得(該当者のみ)
- 書類の提出
- 手続き完了通知の確認
8. よくある質問
Q1. 転職先が決まっていない場合はどうすれば?
A. まずは前職の企業型DCの資産をiDeCoへ移換しておきましょう。転職先が決まってから改めて必要な手続きを行えます。
Q2. 手続き期限の6ヶ月を過ぎてしまいそうな場合は?
A. できるだけ早く運営管理機関に連絡し、手続きを開始してください。自動移換されると追加の手数料負担や運用停止などのデメリットが発生します。
Q3. 企業型DCとiDeCoの併用と、マッチング拠出、どちらが有利?
A. 一概には言えませんが、以下を参考に判断してください。
- マッチング拠出:掛金の引き落としが給与天引きで手間が少ない
- iDeCo併用:運用商品の選択肢が広がる、金融機関を自由に選べる
Q4. 掛金額の変更は何度でもできる?
A. 基本的に年1回ですが、被保険者種別の変更など制度上の変更があった場合は随時変更できます。
9. まとめ
転職・退職時のiDeCo手続きで最も重要なのは、6ヶ月の期限を守ることです。自動移換を避けるため、以下の点を必ず実行しましょう。
- 退職前:転職先の企業年金制度を確認
- 退職後すぐ:資格喪失通知を確認し、手続きを開始
- 1ヶ月以内:運営管理機関に連絡し、必要書類を請求
- 3ヶ月以内:すべての書類を提出
- 手続き完了:通知が届くまで確認
適切な手続きを行えば、積み立てた年金資産を無駄なく次のステップに持ち運べます。不明点があれば、必ず運営管理機関や転職先の人事担当者に確認しましょう。

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