- フジクラシャフト10年の軌跡とゴルフ市場の変化
- 第一部:Speeder EVOLUTIONシリーズの円熟と多様化 (2015-2020年)
- 第二部:グローバルスタンダードの確立と新技術の台頭 (2018-2024年)
- 第三部:テクノロジーの深化と未来への展望 (2024-2025年)
- 第四部:横断分析 – フジクラシャフトを深く知るための視点
- 結論:未来を創るフジクラのDNA
フジクラシャフト10年の軌跡とゴルフ市場の変化
本稿は、2015年から2025年という激動の10年間における、藤倉コンポジット(以下、フジクラ)製ドライバー用ゴルフシャフトの進化の軌跡を、技術革新、市場動向、そして製品戦略の観点から多角的に分析・考察するものである。この10年は、ゴルフ用品市場、特にゴルフクラブの設計思想が劇的な変化を遂げた時代であった。その変化の核心には、シャフトという一本の棒が秘める無限の可能性と、それを追求し続けたフジクラの絶え間ない挑戦が存在した。
この期間のゴルフ市場、特にドライバー開発における最も顕著なトレンドは、ヘッドの大型化、高慣性モーメント(MOI)化、そして低スピン化である。ルール上限に近い460ccの体積が標準となり、ヘッド内部の重量配分を最適化することで、芯を外した際の飛距離ロスや方向性のブレを最小限に抑える「やさしさ」が追求された (EVEN, 2021)。しかし、この高MOI化は、ゴルファーが意図した通りにヘッドをコントロールし、インパクトでフェースをスクエアに戻すことを困難にするという副作用ももたらした。ヘッドが自律的に直進しようとする力が強まる一方で、プレーヤーのスイングとの調和が取れなければ、エネルギーは効率的にボールに伝わらない。ここに、シャフトの役割がかつてないほど重要視される背景がある。
このような市場環境の変化に対し、フジクラは二つの強力なブランドを軸に対応してきた。一つは、2014年に登場し、日本のカスタムシャフト市場を席巻した「Speeder EVOLUTION」シリーズである。伝統的な「弾き」と「走り」をコンセプトに、モデルごとに異なる特性を与えることで、日本のゴルファーの多様なニーズに応え、特に国内女子ツアーでは圧倒的な使用率を誇った (GDOゴルフショップ)。もう一つは、アメリカ市場で開発され、PGAツアーの勢力図を塗り替えた「VENTUS」シリーズである。ツアープロの厳しい要求に応えるべく生み出されたこのシャフトは、「VeloCore Technology」という革新的な技術により、高MOIヘッドの性能を最大限に引き出し、5年連続でPGAツアー使用率No.1という金字塔を打ち立てた (Fujikura Golf)。
本稿で詳述する2015年から2025年の10年間は、国内市場のニーズを深く理解し進化を続けた「Speeder」の円熟期と、グローバルな競争の中で新たなスタンダードを確立した「VENTUS」の台頭が交錯した、フジクラにとって極めて重要な時代であった。それは、伝統の継承と進化、そして国境を越えた革新が同時に進行したダイナミックなプロセスであり、現代のゴルフシャフトテクノロジーの根幹を形成する数々のイノベーションが生まれた期間でもある。本稿を通じて、フジクラがどのようにして市場の変化を読み解き、技術を深化させ、ゴルファー一人ひとりに最適な一本を届けようとしてきたのか、その軌跡を明らかにしていく。
第一部:Speeder EVOLUTIONシリーズの円熟と多様化 (2015-2020年)
2014年に初代「Speeder EVOLUTION」が市場に投入され、その鮮烈な「弾き」と「走り」で一世を風靡した後、2015年から2020年にかけての期間は、このEVOシリーズが円熟期を迎え、日本のゴルファーの多様な要求に応えるべく、その特性を細分化・多様化させていった時代である。この時期のフジクラの戦略の根幹には、ゴルファーのスイングタイプや求める弾道に応じて、明確な選択肢を提供するという思想があった。その象徴が、シリーズを通して貫かれた「奇数モデルは先調子系(走り・弾き系)、偶数モデルは中~元調子系(叩ける・操作性系)」という設計コンセプトである (はずかしくないシャフト選び)。この明確な棲み分けにより、ゴルファーは自身のスイングや好みに合わせてモデルを選びやすくなり、EVOシリーズはカスタムシャフト市場における不動の地位を築き上げていった。
Speeder EVOLUTION II (2015年) – “叩ける”エボリューション
発売日と市場背景:
2015年に発売された「Speeder EVOLUTION II」(通称:エボII)は、初代EVOの成功を受けて開発されたシリーズ第2弾である。初代がシャフトのしなり戻りを活かして飛距離を追求する「走り系」であったのに対し、市場からは「自分の力で叩きに行っても左を恐れずに振れる、操作性の高いシャフト」を求める声も高まっていた。特に、ヘッドスピードが速く、インパクトで力を込めるタイプのヒッターにとって、初代の挙動はやや過敏に感じられるケースもあった。エボIIは、こうした初代とは異なるタイプのゴルファーの要求に応えるべく、明確なコンセプトを持って市場に投入された。
技術解説と設計思想:
エボIIの最大の特徴は、初代の先中調子とは対照的な中元調子設計にある。手元側の剛性を高め、中間部から先端にかけてしなることで、ダウンスイングでタメを作りやすく、インパクトゾーンでヘッドが暴れにくい安定した挙動を実現した。これにより、プレーヤーは左への引っかけを恐れることなく、積極的にボールを叩きにいける。この「叩ける」フィーリングは、フジクラが長年培ってきた金属複合技術「MCT® (Metal Composite Technology)」によって支えられている (Fujikura Golf 2016 Catalog)。カーボン繊維だけでは難しい重量や重心位置の精密なコントロールを可能にするこの技術により、手元側にしっかりとした剛性感を持たせつつ、インパクトではボールを強く押し込める「厚い当たり」の感触を生み出すことに成功した。Driving Range Heroesのレビューでは、「Evolutionシリーズの中で最も低打ち出し・低スピンのシャフト」と評されており、その設計思想が明確に性能に反映されていることがわかる (Driving Range Heroes)。
比較情報:
vs EVO I: エボIIと初代EVO Iとの違いは極めて明確である。EVO Iがシャフト自体の「走り」で飛ばすオートマチックな特性を持つのに対し、EVO IIはプレーヤーの意図をダイレクトに反映するマニュアル的な特性を持つ。弾き感よりもコントロール性を重視し、対象となるゴルファー層を意図的に分けたことで、Speeder EVOLUTIONというブランドの懐の深さを示すことに成功した。
市場での位置づけ: エボIIの登場により、フジクラはカスタムシャフト市場において「弾き系のフジクラ」というイメージに加え、「叩けるフジクラ」という新たな評価を確立した。これにより、幅広いスイングタイプのゴルファーがSpeederシリーズを選択肢に入れるようになり、ブランド全体のシェア拡大に大きく貢献した。
スペックと価格:
当時の主力モデルであったSpeeder 661 EVOLUTION IIのスペックは以下の通り。カウンターバランス設計が採用され、重めのヘッドとの相性も考慮されていた。
モデル | フレックス | 重量(g) | トルク | 調子 | メーカー希望小売価格(税抜) |
---|---|---|---|---|---|
Speeder 661 EVOLUTION II | S | 67.5 | 3.8 | 中元 | ¥40,000 |
※スペックは代表的なものであり、他の重量帯(474, 569, 757)もラインナップされていた。
Speeder EVOLUTION III (2016年) – “走り”と”弾き”の再来
発売日と市場背景:
2016年10月7日に発売された「Speeder EVOLUTION III」(通称:エボIII)は、EVOシリーズの系譜において、再び「走り」と「弾き」を前面に押し出したモデルである (フジクラゴルフクラブ相談室)。叩ける中元調子のエボIIが市場に受け入れられたことで、フジクラは自信を持って原点回帰とも言える先調子系の開発に着手した。市場では、初代EVOの鮮烈な飛びの記憶が根強く残っており、その性能をさらに昇華させたモデルへの期待が高まっていた。エボIIIは、その期待に応え、最新素材を投入して「飛距離性能」を徹底的に追求したシャフトとして登場した。
技術解説と設計思想:
エボIIIの設計思想の核は、先中調子による鋭い「走り」の実現にある。これを支えるのが、当時最高峰の素材であった東レの高性能炭素繊維「T1100G」と、フジクラ独自の「MCT®」のコンビネーションである (GolfWRX)。「T1100G」は、高い強度と弾性率を両立させた炭素繊維であり、これをシャフト全長に採用することで、軽量でありながらインパクト時のエネルギーロスを最小限に抑えることが可能になった。さらにMCTを組み合わせることで、フィーリングを損なうことなく最適な剛性分布を設計。これにより、初代EVOを凌駕するシャープなしなり戻りと、インパクトでの強烈な弾き感を実現した。Plugged In Golfのレビューでは、エボI(高打ち出し)とエボII(低打ち出し)の中間に位置する「中打ち出し・中スピン」の特性を持つと分析されており、単なる先調子ではなく、コントロール性も考慮されたバランスの取れた設計であることが示唆されている (Plugged In Golf)。このモデルの登場により、「奇数モデル=走り系」というEVOシリーズの系譜が明確に確立された。
比較情報:
vs EVO II: エボIIIとエボIIは、設計思想において完全な対極に位置する。プレーヤーが積極的に叩きにいくことで性能を発揮するエボIIに対し、エボIIIはシャフト自身のしなり戻りを最大限に活かしてボールを飛ばす。スイング中にシャフトの動きを感じたい、楽にボールを捕まえて高弾道で飛ばしたいゴルファーにとっては、エボIIIが最適な選択肢となった。この対比が、ゴルファーにとってのシャフト選びをより分かりやすくした。
市場での評価: エボIIIは、その卓越した飛距離性能から、特に女子プロや飛距離を求めるアベレージゴルファーから絶大な支持を得た。シャフトが仕事をしてくれる感覚が強く、ヘッドスピードを上げやすいと評価され、カスタムシャフト市場での「走り系」の代名詞的存在となった。
スペックと価格:
鮮やかな赤を基調としたデザインも特徴的であった。主要スペックと価格は以下の通り。
モデル | フレックス | 重量(g) | トルク | 調子 | メーカー希望小売価格(税抜) |
---|---|---|---|---|---|
Speeder 569 EVOLUTION III | S | 58.5 | 4.6 | 先中 | ¥40,000 |
※スペックは代表的なものであり、幅広い重量帯が用意されていた。
Speeder EVOLUTION IV (2017年) – 安定性を加えたバランス型
発売日と市場背景:
2017年9月に市場に投入された「Speeder EVOLUTION IV」(通称:エボIV)は、EVOシリーズの偶数モデルの系譜を受け継ぎつつ、新たな次元の安定性を追求したシャフトである。この時期、ドライバーヘッドの高MOI化がさらに進み、ゴルファーからは飛距離性能だけでなく、方向安定性への要求がより一層高まっていた。特に、走り系のシャフトで散見された「左へのミス」を嫌うゴルファーや、よりニュートラルな挙動でタイミングを取りたいと考えるプレーヤーのニーズに応えるべく、エボIVは開発された。
技術解説と設計思想:
エボIVの設計は、叩ける中元調子のエボIIをベースとしながら、最新の素材と技術で全面的にアップデートされている (Driving Range Heroes)。最大の特徴は、超高弾性90tカーボンシートの採用である。この極めて高価で高性能な素材を全長に使うことで、シャフトの不要なたわみを抑制し、エネルギー伝達効率を最大化。さらに、フジクラ独自の「Engineered Outer Bias Technology」により、シャフト外層の繊維の角度を最適化し、ねじれ剛性を高めながらも、ゴルファーが心地よいと感じる「しなり感」を両立させることに成功した。その結果、エボIIよりも中間部から先端にかけてややしなりを感じさせつつ、インパクトでは当たり負けしない強靭さを備えた中調子のシャフトが完成した。Plugged In Golfのレビューでは、「先端の安定性により左へのミスが出にくく、それでいて中間部のしなりが理想的な打ち出し角を生み出す」と高く評価されている (Plugged In Golf)。
比較情報:
vs EVO III: 先調子で走り感が強いエボIIIに対し、エボIVはシャフト全体の挙動がより穏やかで、プレーヤーのスイングに素直に追従する。過度なつかまりを抑え、ニュートラルでタイミングの取りやすい挙動は、スイングタイプを選ばない万能性を持つ。飛距離特化のIIIか、安定性重視のIVか、という明確な選択軸を提供した。
市場での位置づけ: エボIVは、そのバランスの取れた性能から「万能型」シャフトとしての評価を確立した。プロからアベレージまで、幅広い層のゴルファーにマッチし、特に安定したフェードボールを打ちたいプレーヤーや、自分のスイングでボールをコントロールしたい上級者から高い支持を集めた。2017年に発売されたにもかかわらず、好評を博したことが、後のEVO VIの開発ベースとなることからも、その完成度の高さがうかがえる (フジクラシャフト ニュース)。
スペックと価格:
シルバーを基調としたクールなデザインが採用された。主要スペックと価格は以下の通り。
モデル | フレックス | 重量(g) | トルク | 調子 | メーカー希望小売価格(税抜) |
---|---|---|---|---|---|
Speeder 661 EVOLUTION IV | S | 66.0 | 3.7 | 中 | ¥40,000 |
※スペックは代表的なものであり、569、757などの重量帯も展開された。
Speeder EVOLUTION V (2018年) – 超高弾性素材による新たな”弾き”
発売日と市場背景:
2018年8月22日に発売された「Speeder EVOLUTION V」(通称:エボV)は、EVOシリーズの5代目にして、奇数モデルの系譜に連なる「弾き系」シャフトである (ゴルフパートナー)。このモデルは、エボIIIで示した「走り」のコンセプトを継承しつつ、当時利用可能であった最先端の素材を惜しみなく投入することで、「弾き」の性能を新たな次元へと引き上げることを目指した。市場では、さらなる飛距離アップを求める声が常に存在しており、エボVはその渇望に応えるべく、フジクラの技術力の粋を集めて開発された。
技術解説と設計思想:
エボVの技術的な核心は、超高弾性90tカーボンシートと、フジクラの代名詞ともいえる「MCT®」のさらなる効果的な活用にある。90tカーボンという極めて硬く反発力の高い素材を全長に採用することで、シャフトの変形を最小限に抑え、スイングエネルギーをロスなくボールに伝達。これにMCTを組み合わせることで、手元側に適度な重量感と剛性を持たせ、切り返しでの安定感を確保しつつ、インパクトゾーンでシャフトが爆発的にしなり戻る「加速感」を最大化した。設計は先中調子で、先端部分の挙動をよりシャープにすることで、ボール初速の向上を徹底的に追求した (GDOゴルフショップ)。Plugged In Golfのレビューでは、「シリーズの中で最も高打ち出し」と評されており、ボールを楽に上げてキャリーを稼ぎたいゴルファーにとって、非常に魅力的な性能を持つことが示されている (Plugged In Golf)。
比較情報:
vs EVO IV: 安定性を重視した中調子のエボIVとは対照的に、エボVは飛距離性能に特化した先中調子であり、そのキャラクターは明確に異なる。プレーヤーは、安定性を取るか、最大飛距離を狙うかという、分かりやすい基準でシャフトを選択することができた。この明確な差別化が、EVOシリーズの強みであった。
他社製品との比較: 2018年当時、他社からも多くの「走り系」シャフトがリリースされていたが、エボVの強みは90tカーボンという最高級素材の使用による、圧倒的な弾き感とエネルギー効率にあった。単に先端が走るだけでなく、インパクトで当たり負けしない「強さ」を両立していた点が、多くのゴルファーから評価された理由である。あるユーザーレビューでは、「シャフトが仕事をしてる感が十分に感じられ、結果飛距離は延びて、方向性も良くなった」と、その性能を絶賛している (my caddie)。
スペックと価格:
メタリックなブルーが印象的なデザイン。主要スペックと価格は以下の通り。
モデル | フレックス | 重量(g) | トルク | 調子 | メーカー希望小売価格(税抜) |
---|---|---|---|---|---|
Speeder 569 EVOLUTION V | S | 56.0 | 4.9 | 先中 | ¥40,000 |
※スペックは代表的なものであり、474、661、757などの重量帯も展開された。
Speeder EVOLUTION VI (2019年) & VII (2020年) – EVOシリーズの集大成
2019年と2020年は、7代にわたって続いたSpeeder EVOLUTIONシリーズのフィナーレを飾る2つのモデルが登場した、まさに集大成の期間であった。この2モデルは、それまでのEVOシリーズで培われた技術と知見を基に、現代の大型・高MOIヘッドとの最適なマッチングを追求し、シリーズの完成度を極限まで高めた。
Speeder EVOLUTION VI (2019年9月5日発売)
エボVIは、好評を博したエボIVをベースに開発された中元調子のシャフトである (フジクラシャフト ニュース)。偶数モデルの系譜に連なる「叩ける」特性を持ちながら、飛距離性能を一段と向上させることを目指した。技術的には、インパクトの強さを追求するために、素材構成や剛性分布を最適化。これにより、プレーヤーがパワーを込めてスイングしてもシャフトが安定し、エネルギーを効率的にボールに伝えることが可能になった。試打レビューでは、「シャープな振り感と、適度なつかまりで叩くイメージ」と評され、パワーヒッターが安心して振り抜ける性能を持つことが示されている (アマゴル)。エボIVの安定性に、さらなる力強さを加えたモデルとして、上級者を中心に高い評価を得た。
Speeder EVOLUTION VII (2020年9月3日発売)
シリーズ最終作となったエボVIIは、エボVをベースにした先中調子のシャフトである (ALBA.Net)。最大の特徴は、超高弾性炭素繊維を平織りにした「70tカーボンクロス」の採用にある (フジクラシャフト 特設サイト)。この素材は、層間のズレが少なく、エネルギー伝達効率が非常に高い。これをシャフト全長に積層することで、スピーダーらしい強烈な弾き感と、インパクト時のブレの抑制を両立した。さらに、近年の大型・高MOIヘッドの特性を考慮し、ヘッドが返りすぎないように剛性を最適化。「つかまるけど、つかまりすぎない」絶妙なバランスを実現し、安定したハイドローボールを打ちやすくした。Plugged In Golfのレビューでは、そのフィーリングを「鞭がしなるような感覚(whip crack)」と表現し、エネルギーがスムーズにシャフトを伝わりボールで爆発する感覚と、シリーズ随一の安定性を高く評価している (Plugged In Golf)。
第一部の要点:Speeder EVOLUTIONシリーズの功績
2015年から2020年にかけて、Speeder EVOLUTIONシリーズは7代にわたり、日本のゴルファーの多様なニーズに応え続けた。その最大の功績は、「奇数モデル=走り系(先調子)」「偶数モデル=叩ける系(中~元調子)」という明確なキャラクター設定を貫いたことにある。これにより、ゴルファーは自身のスイングタイプや求める弾道に応じて、膨大なシャフトの中から最適な一本を直感的に選びやすくなった。MCTや最新のカーボン素材を駆使し、モデルごとに明確な個性を与え続けたこのシリーズは、日本のカスタムシャフト市場の文化を成熟させ、フジクラのブランドイメージを不動のものとしたのである。
図1: Speeder EVOLUTIONシリーズ (I-VII) の特性マッピング
第二部:グローバルスタンダードの確立と新技術の台頭 (2018-2024年)
2018年以降、フジクラのシャフト戦略は新たな局面を迎える。日本市場で絶大な支持を得ていたSpeeder EVOLUTIONシリーズが円熟期を迎える一方で、フジクラはグローバル市場、特に世界最高峰のPGAツアーを見据えた新たな挑戦を開始した。それが、アメリカで開発され、世界のツアーシーンを席巻することになる「VENTUS」シリーズの誕生である。この時期、フジクラは国内市場向けの「Speeder」と、グローバルスタンダードを目指す「VENTUS」という二大ブランド戦略を明確にし、それぞれに革新的な新技術を投入していく。Speederが「VTC」という新技術で安定した“走り”を追求したのに対し、VENTUSは「VeloCore」という画期的な構造で圧倒的な“安定性”を実現。この二つの潮流が、2020年代のフジクラ、ひいては世界のシャフト市場を牽引していくことになる。
VENTUSシリーズ (初代: 2018年~) – “VeloCore”が変えたツアーの常識
市場動向と発売背景:
VENTUSシリーズは、日本国内ではなく、フジクラの米国法人で開発された、純然たるアメリカ発のグローバルモデルである。その開発背景には、PGAツアープロからの極めて具体的な要求があった。「現代の大型・高MOIヘッドを使っても、どれだけ強く振っても左に行かず、吹け上がらない低スピンの強弾道が欲しい」。彼らは、オフセンターヒット時のヘッドのブレを抑え、インパクトのエネルギーを最大限ボールに伝えることができる、究極に安定したシャフトを求めていた (フジクラシャフト VENTUS)。この要求に応えるべく、フジクラのエンジニアは従来の設計思想を一度リセットし、全く新しいコンセプトのシャフト開発に着手した。その結果生まれたのが、革新的技術「VeloCore Technology」を搭載したVENTUSである。2018年にツアー供給が開始されると、その圧倒的な安定性とコントロール性能がトッププロの間で瞬く間に評判となり、発売後わずかな期間でPGAツアーの使用率No.1を獲得。その勢いはアマチュア市場にも波及し、「VENTUS」は高性能シャフトの代名詞として世界中にその名を轟かせた (Fujikura Golf)。
技術解説: VeloCore Technology:
VENTUSの心臓部である「VeloCore Technology」は、シャフトの設計思想に革命をもたらした。これは、シャフト全長にわたって配置された超高弾性70tカーボンと、複数の角度で積層されたカーボン繊維(バイアス層)からなるマルチバイアス構造である (よしゴル)。この構造の目的は、スイング中、特にダウンスイングからインパクトにかけて発生するシャフトの「ねじれ」と「つぶれ」を極限まで抑制することにある。
具体的には、シャフト先端部の曲げ剛性を非常に高く設定し、さらに全長にわたるバイアス層がねじれを防ぐ。これにより、オフセンターヒット時(特にトゥ側やヒール側)にヘッドがフェースローテーションを起こそうとする動きをシャフトが強力に抑え込む。結果として、インパクト時のフェース面が安定し、ボール初速のロスが最小限に抑えられると共に、打ち出し方向のブレも劇的に減少する。多くのゴルファーが「叩いても左に行かない」「ミスヒットに強い」と感じるのは、このVeloCore Technologyがヘッドの挙動を安定させているからに他ならない。これは、単に硬いシャフトを作るのとは異なり、フィーリングを損なうことなく安定性を向上させる、極めて高度な設計技術なのである。
モデル比較 (BLUE / BLACK / RED):
VENTUSは、ゴルファーのスイングタイプや求める弾道に応じて、明確な特性を持つ3つのモデルを展開している。
- VENTUS BLUE (中元調子): シリーズの基本となるモデル。中弾道・低スピンを実現し、安定性と操作性のバランスに優れる。幅広いゴルファーにマッチする万能性を持ち、PGAツアーでも最も多くの選手に選ばれている。VeloCoreの安定性を感じながらも、適度なしなり感でタイミングが取りやすいのが特徴。
- VENTUS BLACK (元調子): シリーズの中で最も硬く、低弾道・超低スピンを実現するハードヒッター向けモデル。手元から先端まで全体的に剛性が高く、特に先端剛性は極めて高い。スピン量が多すぎて飛距離をロスしているプレーヤーや、左へのミスを徹底的に排除したい上級者に最適。文字通り「棒」のような剛性感で、プレーヤーのパワーを余すことなくボールに伝える (24VENTUSシリーズ完全ガイド)。
- VENTUS RED (先中調子): シリーズの中で最もボールが上がりやすく、つかまりが良いモデル。高弾道・中スピンを実現する。中間部から先端にかけてしなりを感じやすく、ヘッドを走らせて飛ばしたいゴルファーや、ボールが上がりにくいプレーヤーの救世主となる。VeloCoreによる先端の安定性は保ちつつ、走り感を加えた設計となっている (はずかしくないシャフト選び)。
日本モデルとUSモデルの違い:
VENTUSは元々USモデルとして開発されたが、日本での爆発的な人気を受け、後に日本仕様のモデルも展開された。両者の主な違いは、スペックのラインナップにある。USモデルがツアープロの要求を反映した比較的重く硬いスペック(60g台以上、Sフレックス以上が中心)であるのに対し、日本モデルは日本のゴルファーの平均的なヘッドスピードに合わせて、50g台のSフレックスやRフレックスなど、より軽量でソフトなスペックが豊富に用意されている。また、一部のゴルファーやフィッターの間では、同じモデル・フレックスでも「日本仕様の方がわずかにマイルドなフィーリング」と感じられることがあると言われている。これは、製造プロセスや品質管理基準は同じであるものの、ターゲット市場の好みに合わせた微細なチューニングが施されている可能性を示唆しているが、公式な見解ではない。基本的には、ゴルファーが自身の体力やスイングに合った重量・フレックスを選べるように、選択肢の幅を広げたものが日本モデルと理解するのが適切である (Shaft flex: Japan vs US)。
Speeder NXシリーズ (2021年~) – 新設計思想”VTC”による安定した走り
市場動向と発売背景:
2021年9月、フジクラは7代8年にわたって続いたSpeeder EVOLUTIONシリーズの歴史に幕を下ろし、全く新しいブランド「Speeder NX」を発表した (はずかしくないシャフト選び)。これは単なるモデルチェンジではなく、シャフト設計の思想そのものをアップデートする、フジクラにとっての大きな転換点であった。「NX」は「NEXT=次なるステージ」を意味し、その名が示す通り、次世代のスタンダードを築くという強い意志が込められている。開発にあたり、フジクラは独自の3次元モーションキャプチャシステム「enso」で長年蓄積してきた膨大なスイングデータを活用。アマチュアからプロまで、あらゆるゴルファーのスイング中のシャフトの挙動を解析し、飛距離と安定性を両立させるための最適解を導き出した。
技術解説: VTC (Variable Torque Core):
Speeder NXの技術的な核心は、新開発の「VTC (Variable Torque Core)」にある (フジクラシャフト比較|性能・飛距離・歴代モデル完全解説)。従来のシャフト設計が主にEI分布(剛性分布)のコントロールに焦点を当てていたのに対し、VTCはそれに加えてトルク(ねじれ)分布をシャフトの部位ごとに最適化する、いわば剛性とトルクの二軸で設計する革新的な技術である。
具体的には、シャフトの手元側と先端側のトルクを意図的に低く(硬く)設定し、中間部のトルクを相対的に高く(柔らかく)設定している。これにより、以下のような効果が生まれる。
- 切り返しの安定: 手元側のトルクが低いため、トップからの切り返しでシャフトの過度なねじれが抑制され、プレーヤーは安定したダウンスイング軌道を描きやすい。
- タメと加速: 中間部の適度なトルクが、ダウンスイング中に自然な「タメ」を生み出し、インパクトに向けてシャフトが効率的にしなり戻るエネルギーを蓄積する。
- インパクトの安定: 先端側のトルクが低いため、インパクトでヘッドが当たり負けせず、フェース面のブレを抑制。ボールに効率的にエネルギーを伝える。
この一連の動きが連動することで、Speeder伝統の「走り感」を損なうことなく、ダウンスイング中のシャフトの無駄な挙動(暴れ)を抑制し、スイングの再現性とインパクト効率を劇的に向上させる。これが「安定した走り」と表現される所以である。
モデル展開と特徴:
Speeder NXは、ゴルファーのニーズに合わせて特性の異なるカラーシリーズを展開している。
- Speeder NX (BLUE / 2021年): シリーズの初代モデル。VTCの基本性能を最も体現した中調子。滑らかで癖のないしなり戻りが特徴で、スイングタイプを選ばず、安定性と飛距離を高い次元で両立させる。
- Speeder NX GREEN (2022年): 先端の剛性をやや緩め、中間部から先端にかけての走り感を強調した先中調子。高弾道とボールのつかまりやすさを実現し、ドローボールを打ちたいゴルファーや、キャリーで飛距離を稼ぎたいプレーヤーに最適。
- Speeder NX BLACK (2023年): 手元側の剛性を高め、VENTUSのような叩けるフィーリングを加えた手元調子。VTCによる安定性をベースに、パワーヒッターが左を恐れずに振り抜ける操作性を両立。
- Speeder NX VIOLET (2023年): 新技術「DHX (Double High-strength Cross bias)」を搭載した中調子。従来のバイアス層に加え、第2のバイアス層を積層することで、ねじれとしなりの両方を高次元でコントロールし、歴代最速のスピード感とヘッドスピード向上を追求したモデル (フジクラシャフト NX VIOLET)。
比較情報:
vs EVOシリーズ: Speeder NXは、EVOシリーズが持っていた「走り」のDNAを受け継ぎながら、その再現性を大きく向上させた点に最大の違いがある。EVOシリーズがモデルごとに異なる「個性的な走り」を提供していたのに対し、NXシリーズはVTC技術によって、どのモデルも「計算された安定した走り」を提供する。スイングの再現性が低いアベレージゴルファーでも、シャフトの恩恵を受けやすい設計思想へと進化した。
vs VENTUSシリーズ: 両者の棲み分けは明確である。VENTUSがVeloCoreによって「シャフトのねじれを徹底的に抑え込む」ことで安定性を生み出す「静的な安定性」のシャフトだとすれば、Speeder NXはVTCによって「シャフトのしなりとねじれを最適にコントロールする」ことで安定した走り感を生み出す「動的な安定性」のシャフトと言える。左へのミスを絶対に消したいヒッターはVENTUS、振りやすさと飛距離を両立させたいオールラウンドなゴルファーはSpeeder NX、という選択が基本となる。
第二部の要点:二大ブランド戦略の確立
この時代、フジクラはVENTUSとSpeeder NXという二つの強力な柱を確立した。VENTUSは「VeloCore」を武器に、PGAツアーという究極の競争環境で性能を証明し、グローバルな「安定性」のスタンダードとなった。一方、Speeder NXは「VTC」という新たな設計思想で、日本市場が得意とする「走り」の概念を「安定した走り」へと進化させ、幅広いゴルファーに恩恵をもたらした。この二大ブランド戦略により、フジクラは世界のあらゆるゴルファーの要求に応えることができる、盤石な製品ポートフォリオを完成させたのである。
第三部:テクノロジーの深化と未来への展望 (2024-2025年)
2024年から2025年にかけて、フジクラはこれまでに確立した二大ブランドとプレミアムラインをさらに深化させるフェーズに入る。市場では、ゴルファーのニーズがより細分化し、個々のスイングや感覚に完璧にマッチする「究極の一本」への要求が高まっている。この動向に対し、フジクラは既存の革新技術を正統進化させた「VeloCore Plus Technology」や、素材と設計の限界に挑んだ「フジクラ史上最少トルク」といった、さらなる高性能化を追求した新製品を投入。テクノロジーの深化を通じて、ゴルファー一人ひとりのポテンシャルを最大限に引き出す未来を提示している。
24 VENTUSシリーズ (2024年) – “VeloCore+”への進化
市場動向と発売背景:
初代VENTUSがPGAツアーで5年連続使用率No.1という前人未到の記録を打ち立て、アマチュア市場でも絶大な信頼を勝ち取った後、市場はその進化を固唾をのんで見守っていた。2024年、フジクラはその期待に応え、待望のモデルチェンジとなる「24 VENTUS」シリーズを発表した。これは単なるコスメティックの変更ではなく、初代の成功を支えた核心技術そのものをアップグレードするという、極めて挑戦的な試みであった。
技術解説: VeloCore Plus Technology:
「24 VENTUS」の最大の進化点は、新技術「VeloCore Plus Technology (VeloCore+)」の搭載にある (Fujikura Golf)。これは、初代VeloCoreの基本構造を踏襲しつつ、使用する素材の構成を見直し、最適化することで、さらなる性能向上を実現したものである。フジクラの公式情報によれば、このアップグレードにより、フィーリング、安定性、そしてボールスピードの向上に成功したとされる (フジクラシャフト)。
初代VENTUSがその剛性感から一部のゴルファーに「棒のようで難しい」と感じられることがあったのに対し、24 VENTUSでは、VeloCore+によってそのフィーリングが改善されたとの評価が見られる。例えば、24 VENTUS BLUEの試打レビューでは「前作より中間部がしなりやすくなり、タイミングが取りやすい」といった声が上がっており、安定性を損なうことなく、より幅広いゴルファーが扱いやすいフィーリングへと進化していることが示唆される。これは、高弾性素材の組み合わせや配置をより洗練させることで、剛性感の中に適度な「しなり」や「粘り」といったフィーリング要素を織り込むことに成功した結果と言えるだろう。
プロの使用動向:
製品の性能を最も雄弁に物語るのは、トッププロの選択である。24 VENTUSシリーズは発売直後から、PGAツアーのトッププレーヤーたちに受け入れられた。特に、ジャスティン・トーマスやアダム・スコットといった感性に鋭い選手が早々に24 VENTUS REDにスイッチしたことは、新モデルの性能とフィーリングが初代を上回るものであることを証明している。また、世界屈指のパワーヒッターであるトニー・フィナウは24 VENTUS BLACKを使用しており、各モデルがそれぞれのプレーヤータイプに最適なパフォーマンスを提供していることがわかる。
比較情報:
初代モデルとの比較では、弾道やスピン量といった基本特性は各カラー(BLUE, BLACK, RED)のコンセプトを継承しつつ、VeloCore+によってミスヒット時の許容範囲がさらに拡大し、平均ボール初速が向上している点が挙げられる。つまり、ゴルファーは初代VENTUSが提供した「安心感」をそのままに、さらなる飛距離性能を手に入れることができる。これは、テクノロジーの正統進化がもたらした明確なアドバンテージである。
図2: 24 VENTUSシリーズ モデル別特性比較
DIAMOND Speeder (2代目: 2024年) – “フジクラ史上最少トルク”の追求
市場動向と発売背景:
フジクラのラインナップの中で、最高の素材と技術を惜しみなく投入し、純粋な飛距離性能を追求するプレミアムラインが「JEWEL LINE」である。そのフラッグシップモデルとして2017年に初代が登場した「DIAMOND Speeder」が、2024年4月25日、7年の時を経て全面的なモデルチェンジを果たした (ALBA.Net)。この2代目DIAMOND Speederは、「フジクラ史上最少トルク」という極めて挑戦的なコンセプトを掲げて登場した。これは、スイングが安定しており、自身のパワーを1ヤードでも遠くに飛ばしたいと願う、飛距離追求型のゴルファーに向けた究極の提案である。
技術解説:
「フジクラ史上最少トルク」を実現した核心技術は、二つの要素からなる。一つは、フジクラ独自の「アウターバイアステクノロジー」。これはシャフトの外層に高弾性のバイアス層を配置することで、シャフトのねじれを強力に抑制する技術である。もう一つは、素材の革新。東レが開発した最新の炭素繊維「トレカ®M46X」を新たに採用した (フジクラ 2024年3月期決算説明資料)。この新素材は、高い弾性率と強度を両立しており、高弾性素材の使用比率を前作から30%以上増やすことを可能にした。
この低トルク設計がもたらす最大の効果は、インパクト時におけるエネルギー伝達効率の最大化である。トルクが小さい(ねじれが少ない)ということは、ダウンスイングからインパクトにかけて、ゴルファーが与えた力が逃げることなく、ほぼ100%ヘッドに伝わることを意味する。また、インパクトでフェース面がねじれないため、ボールを強く、長く押し込むことができ、ボール初速の向上とスピン量の最適化に直結する。中調子の設計ながら、その挙動は極めてシャープで、スイングとシャフトの動きが完全にシンクロするようなダイレクトな打感をもたらす。
ターゲットゴルファー:
DIAMOND Speederは、その特性上、万人向けのシャフトではない。その性能を最大限に引き出せるのは、スイング軌道が安定しており、自分のスイングでボールをコントロールできる技術を持つ上級者や、ヘッドスピードが速く、飛距離を純粋に追求するゴルファーである。シャフトが余計な動きをしない分、プレーヤーのミスはシビアに結果に反映される可能性があるが、逆に言えば、プレーヤーの意図を忠実に再現する究極の操作性を持つとも言える。
比較情報:
vs VENTUS Black: 同じく低トルクでハードヒッター向けという点でVENTUS Blackと比較されるが、両者の設計思想は異なる。VENTUS BlackがVeloCoreによって「ミスヒットへの強さ」という安定性を主眼に置いているのに対し、DIAMOND Speederは「エネルギー伝達効率の最大化」による飛距離性能を最優先に設計されている。安定性のVENTUSか、純粋な飛距離のDIAMONDか、という選択になるだろう。
vs 初代DIAMOND Speeder: 初代も低トルクを特徴としていたが、2代目は最新素材「M46X」の採用により、そのレベルをさらに引き上げた。また、ドライバー用だけでなく、フェアウェイウッド、ハイブリッド、アイアン用までフルラインナップされ、クラブセッティング全体で一貫したフィーリングと性能を追求できるようになった点も大きな進化である (フジクラシャフト DIAMOND SPEEDER)。
第三部の要点:テクノロジーの深化とパーソナライゼーション
2024年以降のフジクラは、「深化」と「細分化」をキーワードに、新たなステージへと進んでいる。「24 VENTUS」はVeloCore+によって既存技術を深化させ、より多くのゴルファーに最高の安定性を提供。「DIAMOND Speeder」は最少トルクという一点を極限まで追求し、特定のニーズを持つゴルファーに究極の性能を提供する。これは、テクノロジーの進化が、もはや単一の正解を提供するのではなく、ゴルファー一人ひとりのスイングや目的に合わせた、よりパーソナルな最適解を提供する方向へ向かっていることを示している。
第四部:横断分析 – フジクラシャフトを深く知るための視点
これまでの章では、フジクラのシャフトを時系列に沿って個別に解説してきた。本章では、視点を変え、この10年間の進化を横断的に分析することで、フジクラのシャフト開発の根底に流れる哲学や、ゴルファーが最適な一本を選ぶための具体的な指針を明らかにする。技術のマイルストーンを振り返り、日本モデルとUSモデルの深層にある違いを考察し、そして実践的な選び方のガイドを提供することで、フジクラシャフトの世界をより深く理解することを目指す。
技術進化のマイルストーン
フジクラのこの10年間の進化は、革新的な基幹技術の登場によって画期をなしてきた。それぞれの技術は、特定の時代のゴルファーの悩みを解決し、シャフト設計の新たなパラダイムを創造した。
- MCT (Metal Composite Technology): 2010年代前半からEVOシリーズ初期にかけてのコア技術。カーボンの設計自由度と金属の重量・剛性を組み合わせることで、それまで難しかった精密な重量配分や重心設計を可能にした (フジクラシャフト MCI)。これにより、叩けるフィーリングの「EVO II」や、走り感と安定感を両立した「EVO III」など、多様なキャラクターのシャフトを生み出す基盤となった。【解決した課題:フィーリングと重量・重心の最適化】
- VeloCore Technology: 2018年にVENTUSと共に登場し、シャフト業界に衝撃を与えた革命的技術。フルレングスの超高弾性カーボンとマルチバイアス構造により、オフセンターヒット時のヘッドのねじれを劇的に抑制。高MOIヘッドの性能を最大限に引き出し、PGAツアーの常識を塗り替えた (浅野ゴルフ)。【解決した課題:オフセンターヒット時の方向安定性とボール初速の維持】
- VTC (Variable Torque Core): 2021年にSpeeder NXで採用された新設計思想。剛性だけでなくトルクの分布を部位ごとに最適化。手元と先端のトルクを締め、中間部に遊びを持たせることで、スイングの再現性を高めながら、Speeder伝統の「走り感」を安定して引き出すことを可能にした (フジクラシャフト比較)。【解決した課題:スイングの再現性の向上と「走り感」の両立】
- VeloCore+ / DHX: 2024年以降の最新技術。VeloCore+は、VeloCoreの素材構成をアップグレードし、安定性をさらに高めつつフィーリングを向上させた「深化」の技術。一方、DHX(NX VIOLETに搭載)は、第2のバイアス層を追加するという新たなアプローチで、歴代最速のスピード感を追求する「新機軸」の技術。【解決した課題:既存技術の性能向上と、新たな性能領域(ヘッドスピードアップ)の開拓】
これらの技術の変遷は、フジクラがゴルファーの悩みやクラブヘッドの進化に、常に対応し続けてきた証である。フィーリングの追求から始まり、安定性の確立、再現性の向上、そして再びスピードの追求へと、その焦点は時代と共に移り変わってきた。この技術の系譜を理解することは、フジクラのシャフト哲学そのものを理解することに繋がる。
図3: フジクラシャフト 技術進化のタイムライン (2015-2025年)
徹底比較:日本モデル vs USモデル
フジクラのラインナップを理解する上で、しばしば議論となるのが「日本モデル」と「USモデル」の違いである。特にVENTUSシリーズのように、元々US市場で開発されたモデルが日本で展開される際に、この違いは顕著になる。両者の違いは単なるスペックの差だけでなく、その背後にある設計思想やターゲット市場の違いに根差している。
設計思想の違い
USモデル (VENTUS, VENTUS TRなど):
これらのシャフトは、PGAツアーという世界で最も過酷な競争環境で戦うプロゴルファーの要求が開発の起点となっている。彼らが求めるのは、①圧倒的な安定性(特に左へのミスが出ない)、②低スピン性能、③プレーヤーの意図をダイレクトに反映する操作性である。そのため、シャフト全体の剛性は高く、トルクは低く、挙動はシャープになる傾向がある。フィーリングよりも結果を最優先する、極めてコンペティティブな設計思想と言える (GDOゴルフショップ)。
日本モデル (Speeder NXシリーズ, Speeder EVOLUTIONシリーズなど):
これらのシャフトは、プロの要求も取り入れつつ、日本の膨大なアマチュアゴルファーのスイングデータ(ensoなど)を重視して開発される。日本のゴルファーは、安定性はもちろんのこと、①振り心地の良さ、②タイミングの取りやすさ、③ボールを楽に飛ばせる「走り感」を重視する傾向が強い。そのため、USモデルに比べてシャフト全体のしなりをより感じやすく、ボールのつかまりを助けるような設計がなされることが多い。結果を出すための「やさしさ」を重視する、インクルーシブな設計思想と言える。
スペック展開の違い
この設計思想の違いは、スペックのラインナップに明確に表れる。USモデルは60g台、70g台のSフレックスやXフレックスが中心となる。一方、日本モデルはそれに加え、40g台や50g台の軽量帯、そしてR2やRといった柔らかいフレックスが豊富に用意されている。これは、日米のゴルファーの平均的な体力やヘッドスピードの違いを反映した、市場への最適化の結果である (Shaft flex: Japan vs US)。
なぜ違いが生まれるか?
この違いの背景には、物理的な要素と文化的な要素が複雑に絡み合っている。平均的な体格やヘッドスピードの違いはもちろん、ゴルフ場のコンディション(例:USの硬いフェアウェイ vs 日本の柔らかいフェアウェイ)や、芝質の違いも影響する。さらに、「フィーリング」や「打感」といった感性的な部分に対する好みの違いも大きい。フジクラは、これらの市場ごとの特性を深く理解し、グローバルで画一的な製品を提供するのではなく、それぞれの市場に最適化された製品を届ける「グローカル戦略」を巧みに実践している。これが、フジクラが日米両市場で成功を収めている大きな要因の一つである。
あなたに最適な一本は?フジクラシャフト選び方ガイド
多様なラインナップを誇るフジクラシャフトの中から、自分に最適な一本を見つけ出すことは、ゴルファーにとって至福の体験であると同時に、困難な課題でもある。ここでは、自身のスイングタイプや悩みに基づいて、最適なシャフトシリーズへとたどり着くための実践的なガイドを提供する。ただし、これはあくまで一般的な指針であり、最終的な決定は専門家によるフィッティングを通じて行うことを強く推奨する (フィッティングの重要性)。
ステップ1: 2大ブランドから方向性を決める
まず、あなたのゴルフにおける最大の悩みや、シャフトに求める最も重要な要素は何かを自問しよう。それによって、進むべき道のりが大きく二つに分かれる。
A. 安定性・操作性を最優先し、左へのミスを絶対に避けたい。ミスヒットしても飛距離や方向のロスを最小限に抑えたい。
→ この場合、あなたの進むべき道は「VENTUSシリーズ」です。VeloCoreテクノロジーが、あなたのスイングに究極の安定性をもたらします。B. 振りやすさ、シャフトのしなり戻りによる「走り感」を重視したい。楽にボールを上げて、飛距離を最大限に伸ばしたい。
→ この場合、あなたの進むべき道は「Speeder NXシリーズ」です。VTCテクノロジーが、安定した走りであなたの飛距離性能を解放します。
ステップ2: 各シリーズ内で最適なモデルを選ぶ (フローチャート)
ブランドの方向性が決まったら、次はシリーズ内の各モデルから、より具体的に自分に合ったものを選んでいく。以下のフローチャートを参考に、自分の弾道やスイングの癖に合うモデルを見つけよう。
【A. VENTUSシリーズを選択した場合】
- Q1. あなたはパワーヒッターで、スピンが多くて吹け上がったり、左への引っかけに悩んでいるか?
- YES → VENTUS BLACK が最適。超低スピン・低弾道で、左へのミスを根絶します。
- NO → Q2へ進む。
- Q2. ボールが上がりにくく、もう少し楽に高弾道を打ちたいか?
- YES → VENTUS RED が最適。高弾道・中スピンで、キャリーを伸ばします。
- NO → VENTUS BLUE が最適。中弾道・低スピンで、安定性と操作性の最高のバランスを提供します。
【B. Speeder NXシリーズを選択した場合】
- Q1. ボールをしっかり捕まえて、高弾道のドローボールで飛ばしたいか?
- YES → Speeder NX GREEN が最適。先端の走りが、つかまりと高弾道を実現します。
- NO → Q2へ進む。
- Q2. 自分のスイングでボールをコントロールし、叩きにいきたいか?
- YES → Speeder NX BLACK が最適。手元調子の安定感で、叩けるフィーリングを提供します。
- NO → Q3へ進む。
- Q3. とにかくヘッドスピードを上げて、最速の振り抜きを体感したいか?
- YES → Speeder NX VIOLET が最適。新技術DHXが、歴代最速のスピード感をもたらします。
- NO → Speeder NX (BLUE) が最適。癖のない中調子で、安定性と飛距離を最もバランス良く両立させます。
ステップ3: 重量・フレックスを選ぶ
モデルが決まったら、最後のステップは重量とフレックスの選択だ。これはゴルファーの体力とヘッドスピードに直結する最も重要な要素の一つである。以下に一般的な目安を示す。
ヘッドスピード(m/s) | 推奨重量帯 | 推奨フレックス |
---|---|---|
~38 | 40g台 | R2, R |
38~42 | 50g台 | R, SR |
42~46 | 50g台, 60g台 | SR, S |
46~50 | 60g台, 70g台 | S, X |
50~ | 70g台, 80g台 | X, TX |
※各種フィッティング情報を基に作成。あくまで目安です。
重要なのは、見栄を張らずに自分に合ったスペックを選ぶことだ。オーバースペックなシャフトは、スイングを崩し、飛距離と方向性の両方を損なう原因となる。この最終ステップこそ、弾道計測器を備えた専門のフィッティングスタジオで、プロのフィッターと共に決定することが、最高のパフォーマンスへの最短ルートである。
結論:未来を創るフジクラのDNA
2015年から2025年という10年間を振り返ると、フジクラはゴルフシャフトの世界において、まさに「進化」と「革新」を体現し続けてきた企業であることがわかる。この期間、フジクラは二つの大きな潮流を生み出し、市場をリードした。一つは、日本のゴルファーの感性とニーズに寄り添い、「走り」の概念を「安定した走り」へと昇華させたSpeeder EVOLUTIONからNXへの進化。もう一つは、PGAツアーというグローバルな舞台からの要求に応え、「VeloCore」という革命的技術で「安定性」の新たな世界基準を打ち立てたVENTUSの確立である。この二大ブランド戦略は、フジクラが多様化する世界のゴルファー一人ひとりに最適な解を提供しようとする、強い意志の表れに他ならない。
MCT、VeloCore、VTC、そしてVeloCore+へ。この技術のマイルストーンは、フジクラが常に現状に満足せず、素材科学と人間工学のフロンティアを押し広げてきた歴史そのものである。彼らは、シャフトを単なるクラブの部品としてではなく、ゴルファーのスイングとヘッド性能を繋ぐ、極めて重要なインターフェースとして捉えている。だからこそ、剛性やトルクといった物理的なスペックだけでなく、振り心地やタイミングの取りやすさといった、数値化しにくい「フィーリング」の部分にも徹底的にこだわり続けるのだ。
今後、ゴルフ業界は「2025年問題」に象徴される団塊世代のゴルフ人口の減少や、インドアゴルフの普及に伴う若年層ゴルファーの新たな価値観など、大きな構造変化に直面する (レジャー白書2024, LightspeedHQ)。このような未来において、シャフトに求められる性能もさらに多様化・パーソナル化していくだろう。AIを活用したスイング解析による超個別最適化設計や、まだ見ぬ新素材の登場など、技術革新の可能性は無限に広がっている。
しかし、どのような未来が訪れようとも、フジクラの根底に流れるDNAは変わらないだろう。それは、「100人のプレーヤーがいれば、100通りのシャフトが必要」という哲学 (フジクラシャフト) に象徴される、ゴルファー一人ひとりと真摯に向き合うクラフトマンシップである。この10年間の軌跡は、フジクラがこれからもテクノロジーと感性の両輪で、ゴルファーの夢を乗せる最高の一本を創り続けていくことを、力強く物語っている。
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